このところ、カトリシズムとプロテスタンティズムを媒介する中間項としての「14世紀神秘主義」の意義を考えている。このテーマについて前に改革長老教会の畏友サンチャゴ氏にレスポンスした内容を、備忘のため貼付けておこう。
<以下採録>
御題:14世紀の神秘主義について
14世紀はスコラ神学の最盛期、また、神秘主義が花開いた時代です。
西方世界は、ゲルマン人、アングル人、サクソン人、デーン人、サラセン人、ノルマン人の襲来により壊されては積み上げ、壊されては積み上げ、という長い暗夜の時代を経て、ようやく社会が安定し、また、その裏付けとなる社会教説をスコラ神学が完成しつつある時代でした。
この時代に、外なる生活から内なる生活へ、儀式や制度から神との直接的交わりへ、世俗的享楽からシンプルライフへと、道を求める個人が多数現れて来ました。
それらのひとたちは、第一に、神秘体験を重視する人々。第二に、シンプルライフを共同で実践する人々。第三に、異端に陥った人々に、大別されます。しかし、当時の教会当局は、それらの人々を全部ひとくくりにして、「自由の霊を追及する者たち」とみなす傾向がありました。
以下、ウィリストン・ウォーカーの『キリスト教会史』第4版の記述を要約紹介し、最後に、山谷の感想を述べることといたしましょう。
14世紀の神秘主義の代表的人物に、三人のドミニコ会士、エックハルト、タウラー、ゾイゼがいます。
ドイツのドミニコ会の要職にあったエックハルトは、新プラトン主義の傾向が強く、次のような教えを説きました。
人間の霊魂の内には、「火花」または「根底」と呼ばれる構造物があり、これは、神の似姿、神ご自身が住まわれる場所であるばかりでなく、真に神とひとつのものであって、世界や時間が始まる前から神と共に存在していた、としました。そして、人は、外界の事物や感覚を離れて、この内なる「根底」に沈潜して行くことにより、神との神秘的結合に至り、世界創造の前にあった「神との永遠の結合」の状態に戻る、とされました。
上記のエックハルトの教説は、創造主と被造物の差異を消し去るとみなされ、教会当局から汎神論的傾向があるとして、取り締まりの対象となりました。晩年のエックハルトは、アウグスティヌスとトマスの教説を用いて自説の擁護に努めたものの、教会当局は死後これを異端としました。
エックハルトの弟子であったタウラーは、師と同様に「火花」や「根底」といった概念を用いて神と人との神秘的結合を説明しようとしました。しかし、師とは異なり、「根底」は人間に本来的に備わるものではなく、神の恩恵によって与えられるものとしました。また、神秘的結合は、神の意志と人の意志の結合であって、有限の被造物が無限の創造主のうちに融合することではない、としました。
同じくエックハルトの弟子であったゾイゼもまた、神秘的結合は、本質的な結合ではなく、意志の結合であり、その結合によって被造物と創造主との差異が消え去ることはない、としました。
エックハルト、タウラー、ゾイゼは、いずれもドミニコ会士として、ドミニコ会女子修道院やベギン会女子修道院に観想の指導を行ない、また、教区司祭や一般信徒に説教や文書を通して指導を行いましたので、ライン川流域とスイスに神秘主義が広まり、その流れの人々は自らを「神の友」(ゴッテス・フロインデ)と呼んで、ドイツ神秘主義思想が形成されました。その代表的著作である『ドイツ神学』は、青年時代のマルチン・ルターに多大な影響を与え、ルター自ら序文を書いて1516年に出版していますし、また、16世紀の再洗礼派もこの書を改革運動の基本文書として用いました。
イタリアでは、ドミニコ会第三会員であったシエナの聖カタリナが、神秘的体験と教会政治の活動とを結びつけ、アビニョンの教皇捕囚の現状を終わらせるために、さまざまな働きかけを行いました。
イギリスでは、偽ディオニシウスに代表される新プラトン主義的な傾向を持った人々が、共同生活ではなく庵での個人的な隠遁生活を送りつつ、人々に黙想の指導をしたり、著作をしました。リチャード・ロール『愛の炎』、ウォルター・ヒルトン『完全の標準』、ノリッジのジュリアン『神の愛の啓示』、また著者が知られていない『不可知の雲』などがあります。
オランダでは、ブリュッセルの教区司祭だったルイスブロックが、引退後に庵を編んで、仲間たちと共にアウグスティヌス会の会則に沿った隠遁生活をしながら、著作をしました。そのひとつ『霊の道』は、汎神論の嫌疑をかけられたので、軌道修正し、『火を放つ石』においては、人は神秘的結合において被造物でなくなってしまうわけではない、と述べました。また、瞑想の生活を通して得られる「静かな喜び」は、共同生活における「よきわざ」を通して表現されなければならない、としました。
オランダではまた、グルートとラデウィンスが仲間たちと共にアウグスティヌス会の会則に沿って生活する共同体を作り、それは、低地地方、ライン川流域、ウェストファリア地方へと広がって行きました。この共同体の人々は、「デボーティオ・モデルナ」(現代の敬虔な者たち)と名乗り、誓願を立てた修道士ではありませんでしたが、共同でシンプルライフを送りながら、黙想し、神との内面的なつながりを深めようとしました。共同体の人々は、全く世から隔絶するわけではなく、世俗に近い場所で共同生活をしながら、本の手写、文書の出版、寄宿学校の設立、青少年への教育と霊的指導に携わりました。エラスムスやルターが子どもの頃に学んだ学校は、そうした学校であったと考えられています。各地の共同体の中には、フランシスコ会やアウグスティヌス会の正式な修道院となるところもありました。
こうしたオランダの「デボーティオ・モデルナ」の共同体から、『キリストに倣いて』を書いたトマス・ア・ケンピスが出ました。この本は、中世のどの書物にも増して広く読まれた大ベストセラーとなりました。
最後に、山谷の感想を述べます。
神秘主義の古典『ドイツ神学』は、ルターに多大な影響を与え、また、再洗礼派の基本文書となりました。ルターは、タウラーからも「内なる生活」の重要性を学んでいます。エラスムスもルターも、子どもの頃の教育を通じて「デボーティオ・モデルナ」に触れました。ケンピスの『キリストに倣いて』は、宗教改革に大きな影響を与えましたし、18世紀のジョン・ウェスレーも、この本から多大な影響を受けています。
以上を見ますと、14世紀の神秘主義は、16世紀以降のプロテスタンティズムに対して、決定的に重要な影響を与えたと見ることができるでしょう。
つまり、14世紀の神秘主義なくして、われわれのプロテスタンティズム—われここに立つという個人の内面的確信、そして、志を同じくする者たちのボランタリーアソシエーション(自発的共同体)としての教会—は、誕生し得なかった、ということになります。
祈り
父なる神よ。あなたは14世紀の神秘主義を通して、プロテスタンティズムの形成のための重要不可欠な備えをなしてくださったことを、心から感謝いたします。
どうかわたしたちが、個人の内面における神とのつながりを、いつも忘れることなく重んじることができますように。また、志を同じくする者たちの自発的共同体としての教会生活の意義を、大切にすることができますように。
「われここに立つ」という確信ゆえに、教会はまたシスマの現状にありますが、先頃ルター派とローマカトリックの間で「義認に関する共同宣言」がなされたことを心から感謝いたします。
聖座との交わりにある者たちと、聖座との交わりから離れた者たちは、五百年の時を経て、多くのことを学び、それぞれが、別々の仕方で豊かにされて来ましたが、いま、それらの豊かな収穫を携えて、彼のものと此のものが、再びキリストにあってひとつであることを、確かめ合うことができるようにしてください。
その「ひとつ」であることは、単に外形的な形式や基準によるのではなくして、あの14世紀の神秘主義の先人たちが伝えたごとく、主イエスキリストを通して神とひとつに結ばれる「静かな喜び」と、その喜びがもたらす共同体における「よきわざ」による、一致であることができますように。
わたしたちの主であり、わたしたちを結びたもう、主イエスキリストの御名により、祈ります。アーメン
<以上採録>
ノート
・神秘的結合は、神の意志と人の意志の結合であって、有限の被造物が無限の創造主に融合することではない。
・神秘的結合は、本質的な結合ではなく、意志の結合であり、その結合によって被造物と創造主との差異が消え去ることはない。
・瞑想の生活を通して得られる「静かな喜び」は、共同生活における「よきわざ」を通して表現されなければならない。
・共同でシンプルライフを送りながら、黙想し、神との内面的なつながりを深めようとした。
2009年2月6日
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