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クリスチャントゥデイ問題

統一教会系の異端カルトとして疑惑が持たれている「クリスチャントゥデイ」についての、当ブログの追及記事です。


2008年10月14日

聖書解題(22)



創世記2:10-11

「エデンから一つの川が流れ出ていた。園を潤し、そこで分かれて、四つの川となっていた。第一の川の名はピションで、金を産出するハビラ地方全域を巡っていた。その金は良質であり、そこではまた、琥珀の類やラピス・ラズリも産出した。第二の川の名はギホンで、クシュ地方全域を巡っていた。第三の川の名はチグリスで、アシュルの東の方を流れており、第四の川はユーフラテスであった」

楽園から流れ出て四つに分かれ、全地を潤す「命の根源」なる川。

その川が、何であったかは、謎となっています。

ユダヤの祭司の家系に生まれ、ガリラヤの部隊指揮官として「ユダヤ戦争」に従軍し、敗軍の将としてローマの捕虜となり、歴史家となってユダヤ教の弁証に尽したフラヴィウス・ヨセフスは、その著『ユダヤ古代史』の中で、ピションはガンジス川であり、ギホンはナイル川であろう、と記しています。

地図上で、ガンジス川、ナイル川、チグリス川、ユーフラテス川を探し、おのおのの上流を辿っても、それらが結ばれて一つの「命の根源」に帰り着くことはありません。

このことは、「楽園」が、歴史の中に存在しない、失われた場所であることを、暗示します。

おのれの存在の根源を、どこかに、何かに、求めずにおれない、わたしたち。わたしたちは、おのれの存在の根源を探し求める、霊的な巡礼の旅に出ます。

しかし、「楽園」は旅人に閉じられており、わたしたちの営為によっては、決してそこへ入ることができません。

新約聖書の光の中では、「神の言葉」である主イエスキリストが「命の根源」であることが、明らかにされます。

聖ヨハネは、「神の言葉」に命があり、その命が人間を照らす、と福音書に記しました。主イエスご自身、わたしは道であり、真理であり、命である、と語られました。さらに主は「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」と言われました。

主イエスキリストは「命の根源」であり、主イエスに結ばれた者は、永遠の命に豊かに与り、その枝流となるのです。

主イエスと共に十字架につけられた強盗は、「命の根源」から絶たれて帰るべき場所を持たない「不安なおのれ」を、単純素朴な信仰によって、まったく主イエスにおゆだねしました。

主イエスは強盗に向い「あなたは今日、わたしと共に楽園に入る」と言われました。

いまや、わたしたちは、主イエスを信じる信仰によって「楽園」に入るようにされています。それは、いかなる人間の営為にもよらず、ただ、キリストの十字架の功績により、ひたすら、恵みによるのです。

「見よ、いまは、救いの日。見よ、いまは、恵みの日』

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