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クリスチャントゥデイ問題

統一教会系の異端カルトとして疑惑が持たれている「クリスチャントゥデイ」についての、当ブログの追及記事です。


2009年7月8日

マルコ16:7-8「宣教する実存としてのマルコ」



聖書 マルコ16:7-8
説教題「宣教する実存としてのマルコ」
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宣教する実存としてのマルコ

聖句 マルコ16:7-8

「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われていたとおり、そこでお目にかかれる』と。婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」

マルコによる福音書には、「長い末尾」と呼ばれる終わり方と、「短い末尾」と呼ばれる終わり方と、二通りが知られています。これは、写本によって異なっておるのです。わたしたちの新共同訳聖書では、長い末尾を「結び一」として収めており、ちょうど16:9-20がそれにあたります。一方、短い末尾は「結び二」として収められております。

ところが、そもそもマルコが書いた福音書の本文には、「結び一」も「結び二」も、付いていなかったであろう、ということがわかっています。これは、古い写本の比較研究から明らかになったことです。

そうしますと、マルコがインク壷に筆を浸しつつ羊皮紙に書き進めた福音書は、わたしたちが先ほど読んだ16:8のところで終わっていた、ということになります。その最後の言葉は、こうです。「だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」

「恐ろしかったからである」 この言葉をもって、マルコは福音書を終わろうとするのです。実に奇妙な終わり方です。福音書とは、ユーアンゲリオン、すなわち、喜びの訪れを伝える書、ということであります。喜びの訪れを伝える書が、「恐ろしかったからである」という言葉で閉じられている。これほど奇妙なことが、あるでしょうか?

ひとつの考え方として、主イエスキリストの復活という出来事が、人間の理解を超えた、畏怖すべき出来事であった。常識的な世界に生きているわたしたちを、骨の芯まで戦慄させるほどの、異常な出来事であった。その恐ろしさを伝えるために、マルコは「恐ろしかったからである」という言葉で福音書を閉じたのだ。そういう考え方が出来るでありましょう。

しかし、わたしたちはむしろ、この福音書を書いたマルコが、どういう人であったかを考えることによって、この奇妙な終わり方の謎が、解けるのではないかと思うのです。いったい、マルコは、どういう人であったのでしょうか?

マルコによる福音書の成立については、西暦四世紀の教会史家エウセビオスが残した『教会史』という書物の中で触れられております。このエウセビオスという人は、ローマ帝国によるキリスト教会への激しい迫害が一転して、キリスト教が公認され、さらにはローマ帝国の国教になるという、激動の時代を生きた人です。西暦325年に、皇帝コンスタンティヌスの召集により、ニケア公会議が開催され、そこにおいて「神人二性一人格」という正統教会の教義が決定されたわけですが、エウセビオスはこの会議で、皇帝の右に着席し、開会の挨拶を述べております。これほどの光栄に与ったのは、エウセビオスが教会の中でもっとも博識な人であり、当時の教会の中でも最も名が知られた著作家であったからでありました。
 
そのエウセビオスは、マルコによる福音書の成立について、次のように述べております。
「神への敬虔の光は、使徒ペトロの言葉を聞く者たちの精神を深く照らした。そこで彼らは、神の教えを一度聞くだけでは、あるいは、書かれていない教えだけでは、満足せず、ペトロの同伴者だったマルコに、言葉を用いて自分たちに伝えられた教えの要約を、文書に書いて残してくれるようにと、あらゆる手だてを尽くして頼み込み、その願いをマルコが承知するまで、やめなかった。
こうして彼らは、『マルコによる福音書』と呼ばれる文書を誕生させたのである。使徒ペトロは、聖霊の啓示を受けて、マルコの作品を知るや、この者たちの熱意を喜び、そして、その文書が教会で朗読されるのを承認した、と言われる。クレメンスは『ヒュポテポセイス』第六巻でこの話を紹介し、ヒエラポリスの司教パピアスも、同じくそのことを証ししている。パピアスはまた、ペトロの第一の手紙の中で、マルコのことが触れられている、と指摘している。ペトロは、第一の手紙をローマで書いたと言われる。そのことは、ペトロ自身が、『共に選ばれてバビロンにいる人々と、わたしの子マルコが、よろしくと言っています』と言って、ローマをバビロンに譬えたことによって示している。
このマルコは、自分自身が書いた福音書を宣べ伝えるためにエジプトに遣わされた最初の者であり、また、アレキサンドリアに教会を建てた最初の者と言われる。エジプトでの最初の宣教の試みによって信者になった男女の数は極めて多かった」

初代教会の初めの頃、主イエスキリストの福音は、ただ、口で伝えられているだけでありました。しかし、耳で聞くだけではもの足りず、なんとしても、文字に記された教えを手に入れたい、と願った人々がいたのです。この人々は、ペトロの同伴者であったマルコに、しつこく頼み込み、とうとうマルコは根負けするかたちで、福音書を書くに至った。それからマルコは、エジプトへ出かけて行って、福音を宣べ伝えた。第四世紀の教会史家エウセビオスは、そのようにわたしたちに告げております。

マルコは、福音書記者聖マルコとして今日、エジプトの守護聖人とされているわけですが、しかし、マルコには、そのようになる以前の「過去」があったのでありました。この過去については、エウセビオスは『教会史』では触れておりませんけれども、わたしたちが聖書を読みますと、マルコが、どのような過去を歩んだ人であったのかが、手に取るように、わかるのです。

まず使徒言行録第12章を見てみましょう。そこでは、ヘロデ大王が、ユダヤ人たちの歓心を買うために、使徒ペトロを逮捕し、牢屋に投げ込んだことが記されています。しかし、主がお送りになった天使によって、ペトロは奇跡的に牢屋から解放されたのでした。夜遅く脱出したペトロが帰って来たのが、ヨハネと呼ばれていたマルコの家でした。マルコの母マリアの家、つまり、マルコの実家には、大勢の弟子たちが集まって、獄中のペトロの解放を願って、徹夜の祈祷会を行っている最中でした。

この記事を見ますと、マルコの実家は、エルサレムでも相当大きなお屋敷であったことがわかります。あのペンテコステの聖霊降臨の時に、120人もの弟子たちが集まって十日間の祈祷会をした「二階座敷」と呼ばれる場所もまた、相当に大きなお屋敷でした。ですから、聖書学者の中には、この二つを結び付けて、二階座敷はきっとマルコの家だったに違いない、と考える人もおります。二階座敷と言いますと、それはまた、最後の晩餐が行われた場所でもあります。そうだとしますと、最後の晩餐、ペンテコステ、ペトロの解放という三つの大きな出来事が、いずれもマルコの家で起きたことになり、当然マルコは、それらすべてを、自分自身で間近に目撃していた、ということを、わたしたちは考えなければなりません。

そういうマルコでありますなら、主イエスキリストの公生涯、十字架の死、復活、昇天、ペンテコステ、初代教会の設立と、すべてについて、マルコ自身が直接体験した、生き証人ということになります。主の死と復活を間近に見た、ということが、使徒として立てられるための条件でありましたから、そうしますと、マルコは使徒に準じる者、準使徒だ、と言うこともできるでありましょう。

そのようなマルコが、主イエスキリストの筆頭の弟子であるペトロの助手となって、宣教旅行のお伴をして各地を回った、というのは、自然に納得できることです。そうして、わたしたちは、使徒言行録に記された宣教旅行の記事において、マルコの「過去」に触れることになるのです。

マルコは初めは、ペトロの助手として、宣教旅行のお伴をしていたのですが、使徒言行録第13章を見ますと、今度はパウロとバルナバの助手となって、お伴をして行ったことがわかります。コロサイの信徒への手紙によれば、マルコは、バルナバのいとこである、と言われています。ペトロのもとで、多少とも宣教旅行の経験と訓練を積んだ、いとこのマルコを、バルナバは、自分の助手、また、パウロの助手として、宣教チームに迎え入れたいと願った。その願いが聞き届けられて、マルコはペトロのもとから、バルナバとパウロのもとへ、移ったのでありましょう。使徒言行録13:4にこう言われています。「聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは、セレウキアに下り、そこからキプロス島に向け船出し、サラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた。二人は、ヨハネを助手として連れていた」 このヨハネが、ヨハネと呼ばれていたマルコであります。

マルコは、パウロとバルナバの助手として、宣教旅行のお伴をしていたのですが、途中でホームシックにかかり、エルサレムのお母さんのもとへ逃げ帰ってしまいます。13:13にこう言われています。「パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった」

マルコは、途中で宣教チームから離脱してしまったのです。マルコは、とんだ意気地無しだったのでしょうか? 

しかし、マルコが抜けても、そのまま宣教にまっしぐらに進んで行ったパウロとバルナバが、行った先々で、どんな目に遭ったかを見ますと、ある意味、マルコの「逃げる」という判断、「逃げる」という選択は、合理的でもあり、当然でもあったように思われるのです。マルコが抜けて、進んで行ったパウロとバルナバは、ピシデヤのアンテオケで迫害を受け、イコニオンで石を投げられ、リストラでも石を投げられ、パウロは死んだような状態になってしまいます。いや、ほんとうに死んだのかもしれません。そこからパウロは、奇跡的に起き上がって、怒り狂った群集の中から脱出し、なおも宣教し続けたのです。

生きる、ということは、危険を冒すことであり、あえて危険を冒す決断をすることが、ほんとうに生きることである。このような決断に生きる人のことを、「実存」と言いますけれども、危険をかえりみずにつき進んで行ったパウロとバルナバの姿は、まさに「宣教する実存」とでも言うことが出来るのではないでしょうか。

そうして、マルコという人は、「宣教する実存」でありたいと願いながらも、「宣教する実存」になり得なかった。後ろを向いて、逃げ出してしまった人だ、と言うことができるでありましょう。

宣教する実存そのもの、あるいは、宣教する実存の燃える塊のようであったパウロからしてみれば、当然、マルコは、許すこのとできない卑怯者です。パウロは、自分の手紙の中で、「わたしは死んでもかまわない」「キリストのためなら死んでも本望だ」ということを、何度か述べています。手紙で書いているぐらいですから、宣教旅行の途上の会話の中で、パウロはそんな言葉を何度となく口にしたはずでありましょう。マルコは、そんなパウロの言葉を、どんな気持ちで聞いていたのでありましょうか? おそらく、聞くたびに、ぞっとして、自分には出来ない、自分には無理だ、お母さんのもとへ帰りたい、と思い詰めていたのではないでしょうか?

第一回の宣教旅行を終えて、エルサレム教会での会議に出席したパウロとバルナバは、会議を済ますと、自分たちの本拠地であるアンテオケ教会に戻り、小数日滞在した後、第二回の宣教旅行に出発いたしました。このとき、バルナバは、あの途中で逃げ帰ってしまったマルコを、「今度こそ」という思いをもって、連れて行こうとしたのです。しかし、パウロは、どうしてもマルコを許すことが出来ませんでした。使徒言行録16:37-39にこう記されています。「バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきではないと考えた。そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになった」

二度目のチャンスをマルコに与えてやりたい。そうバルナバが考えたのに対して、パウロは、一度つまずいた者に二度目のチャンスを与えようとは考えませんでした。バルナバには「慰めの子」という意味がありますが、パウロが宣教に命がけで燃えて、燃え尽きるタイプであったのに対して、バルナバは、どこまでもやさしく、包み込むような、優れた牧会者のタイプであったようです。

パウロの判断は、あまりに気の短い、頑固な判断だったのでしょうか? わたしたちはここで、パウロを批判したくなるかもしれません。しかし、マルコの参加を拒否して宣教へとつき進んで行ったパウロが、その後、行った先々でどんな目に遭ったのかを見てみますと、いや、むしろ、パウロは本当はマルコのことを心配して、参加を拒否したのではあるまいか、とすら思われるのです。フィリピで、パウロの一行は投獄され、何度も鞭で打たれます。テサロニケでは、暴動を起こした群衆に襲われます。アテネでは、教養人たちに鼻で笑われ、無視されます。コリントでは、口汚くののしられ反対されます。もしマルコがお伴に加わって、そこに一緒にいたら、と想像したら、どうでしょう? マルコが、それらの試練に耐えることが、出来たでしょうか? 大いに疑問だと言わねばなりません。それゆえ、バルナバがマルコを心配して、一緒に連れて行こうと思ったのと同じぐらい、あるいはそれ以上に、パウロはマルコを心配して、一緒に連れて行くのに反対したのです。

さて、宣教チームへのマルコの参加を拒否したパウロは、燃え上がるような「宣教する実存」として、第二回の宣教旅行に出発して、各地で苦難に遭いながらも、教会の基礎を固めて、戻って来ました。パウロが語る報告を聞いて、あの、拒絶され、おいてけぼりにされたマルコは、どんなふうに感じたことでしょう? つくづく自分のことを、意気地の無い弱虫、卑怯者、信仰の薄い者、というふうに感じたのではないでしょうか?

そのマルコは、しかし、「宣教する実存」であろうとすることを、やめてしまったわけではありませんでした。教会史家エウセビオスの述べるところによれば、マルコは、その後、再びペトロのお伴となって、一緒に宣教旅行をし、ローマにまで行ったことが、わかります。そうして、そこへ、ローマへ、皇帝の裁判を受けるために、使徒パウロも遅れて到着するのです。皇帝の裁判が開始されるまで、ローマで軟禁状態に置かれたパウロは、いわゆる獄中書簡と呼ばれるエフェソ書、フィリピ書、コロサイ書を、ローマで書いたわけですが、この獄中書簡には、マルコの名前が出てまいります。コロサイの信徒への手紙4:10に、こう記されています。「わたしと一緒に捕らわれの身となっているアリスタルコが、そしてバルナバのいとこマルコが、あなたがたによろしくと言っています。このマルコについては、もしそちらに行ったら迎えるようにとの指示を、あなたがたは受けているはずです」

わたしたちは、ここを読むときに、なんだか嬉しくなるのではないでしょうか。ここには、パウロから任務を委ねられて、ひとりでローマからコロサイへと、今まさに旅立とうとしているマルコ、まさに「宣教する実存」として、生き生きと活動しようとしている、わたしたちのマルコの姿を、見ることができるからです。

そうしますと、マルコという人は、ひとたびは「宣教する実存」として生きようと決意したにもかかわらず、恐ろしくなって、背を向けて、逃げ出してしまった人であります。逃げ出してしまったのだけれど、それでも「宣教する実存」として生きたい、という願いを持ち続けた人であります。その願いは、パウロによって、ぴしゃりと冷水を浴びせられるように拒絶されてしまうのです。しかし、マルコは、ついには「宣教する実存」として、パウロと肩を並べて、一緒に福音を宣べ伝える、というふうにまで、なった人なのです。

ひとたびは「宣教する実存」として生きようと決断していながら、恐れのために、そこから逃げ出してしまう。この逃亡を、「宣教する実存からの退落」とでも言うことができるでありましょう。そうして、マルコが、ひとびとからうるさくせがまれて、しぶしぶ福音書を書いてみる気持ちになったとき、彼の心の中にふつふつと沸き起こって来たテーマは、「宣教する実存」そうして「宣教する実存からの退落」であったのではないでしょうか?

そのように考えて、マルコによる福音書を見てみるならば、その冒頭、いきなり洗礼者ヨハネが、荒れ野で宣教している姿を、わたしたちは見させられます。その姿は、まさに、命がけで「宣教する実存」であります。そうして、すぐ、わたしたちは、主イエスがヨルダン川で聖霊を受ける姿を見させられます。イエスは、荒れ野の誘惑に打ち勝たれて、すぐに、宣教に出て行かれます。そうして、ガリラヤ湖のほとりで、漁師たちに会い、彼らを弟子としてお召しになります。すなわち、「あなたがたも『宣教する実存』になりなさい」という召命を、お与えになるのです。弟子たちは、すぐ、イエスに従います。そうして、イエスは、町から町、村から村とめぐり歩いて、宣教されるのです。1:38で、主イエスはこのように言われます。「わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」

これだけのことが、わずか第一章において、すべて、わたしたちに見させられるのです。まさに、宣教することが、生きることである。マルコは、主イエスキリストを「宣教する実存」として、捉えておりました。マタイは、第一章を、系図に費やしました。ルカは、第一章を、マリアとエリサベトの物語に費やしました。ヨハネは、第一章を、深遠なキリスト論に費やしました。しかしマルコは、ただ「宣教する実存」に、関心があったのです。

そうして、マルコは、福音書において、「宣教する実存」が遭遇するところの苦難について、記すのです。洗礼者ヨハネは、逮捕され、投獄され、首を切られます。主イエスキリストは、人々の手に引き渡され、殺されます。「宣教する実存」が遭遇するところの苦難を見て、イエスの弟子たちは、次々に、逃げ去ります。あのガリラヤ湖のほとりで、「あなたがたも『宣教する実存』になりなさい」との召命を受けて、主イエスに従った弟子たち。ペトロに至っては、「先生と共に死なねばならないのなら、死にます」とまで宣言していました。確かに、弟子たちは、召命の原点において、命がけで「宣教する実存」になろう、という決断をした人たちでありました。しかし、主イエスは捕らえられました。主イエスは殺されようとしております。その時、弟子たちはみな、恐れたのです。主イエスを見捨てて、逃げ出したのです。まさに「宣教する実存からの退落」が、弟子たちに起きていたのです。

マルコは、「宣教する実存からの退落」を、実によく理解することができました。なぜなら、マルコ自身が、そのように、逃げた者、背を向けた者、宣教する実存から退落した者であったからです! それゆえ、主イエスがゲッセマネの園で捉えられた、暗い夜の描写の中に、裸になって逃げて行く若者の姿が差し挟まれていることに、わたしたちは注目させられるのです。わたしたちは、これはおそらく、マルコ自身の姿であろう、と考えざるを得ないのです。14:51にこう記されています。「一人の若者が、素肌に亜麻布をまとってイエスについて来ていた。人々が捕らえようとすると、亜麻布を捨てて裸で逃げてしまった」

イエスについて行きたい。「宣教する実存」として生きたい。そう願いながらも、恐ろしくて、逃げ出してしまったマルコ。マルコは、自分自身の姿を、この、裸になって逃げた若者として、ゲッセマネの園に置いたのではなかったでしょうか?

このようにして、マルコは、宣教から逃げ出した自分の裏切りを、主の十字架の前における、あのペトロの裏切りの中に、重ね合わせて、見ているのです。あの暗い夜、ペトロは、「わたしはイエスなど知らない」と三度も誓って、主を裏切ったのでした。その裏切りの罪の恐ろしさ、苦しさ、悲しさについて、ペトロは、マルコに、何度も何度も、涙ながらに語ったことがあるに違いありません。ペトロとマルコが宣教旅行で寝起きを共にする、その生活の中で、ペトロは、自分がどのような「過去」を歩んできたのかを、マルコに、つぶさに語ったことでありましょう。

しかしまた、マルコは、そのペトロから聞かされて、知ったのです。「宣教する実存」が、恐れのために、逃げ出し、退落することがあるとしても、主イエスキリストは、再び、お招きになる。それでも「宣教する実存」になりなさいと、二度目の召命をお与えになる。実に、この二度目の召命があればこそ、いまペトロは使徒として、マルコの目の前に立っているのでした。

主イエスが復活されて、ガリラヤのほとりでお与えになった、二度目の召命について、ペトロは、つぶさにマルコに語ったに違いありません。主を裏切ってしまったペトロに対して、復活の主イエスは、「おまえはわたしを愛するか」と問いかけられて、再びペトロを弟子として、「宣教する実存」を生きる者として、お召しになったのです。これが、二度目の召命であります。

主イエス・キリストが再びお会いくださる。それは、原点において、すなわち「召命の原点としてのガリラヤ」において、であります。一度目に、主イエスは、ガリラヤにおいて、「宣教する実存」になるようにと、弟子たちをお召しになりました。二度目に、主イエスは、やはりガリラヤにおいて、「宣教する実存」になるようにと、失敗した弟子たちを、お召しになりました。

この、二度目のガリラヤへと、主イエスキリストは、わたしたちを招いておられます。主イエスは、わたしたちに先立ってガリラヤへ行かれ、この、二度目のガリラヤにおいて、すなわち、わたしたちの召命の原点において、わたしたちを待っておられます。

福音書記者マルコは、このように記します。「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われていたとおり、そこでお目にかかれる」

「先に行って待っておられる」という主の約束。この約束に対する信頼のうちに、ペトロは、弟子たちは、ふたたび、献身と服従の決断をいたしました。失敗、裏切り、逃亡、それにもかかわらず、再び「宣教する実存」として生きることを、決断したのです。

主は「先に行って待っておられる」と、いまや、告げられております。この、召命の原点に帰るようにとの招き。この、再献身への招きが、いま、なされております。しかし、それを聞くマルコは、恐れるのです。かつては自分も「宣教する実存」であったが、ひとたびそこから退落し、いまは主体性を失って、失望のうちに沈んでいる。しかし、マルコは、再献身の招きを受けるのです。「それでもなお宣教する実存たれ」と、主イエスキリストから呼ばれるときに、マルコは、恐れおののかざるを得ないのです。

福音書記者マルコは、記します。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われていたとおり、そこでお目にかかれる』と。婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」

かつて「宣教する実存」として生き、そうして失敗し、逃げ去った者たちはみな、「宣教する実存」として生きる者に、何が待ち受けているかを、自らつぶさに見て、知っております。すなわち、反対する者たちが「口汚くののしって、パウロの話すことに反対した」「二人に乱暴を働き、石を投げつけようとした」「パウロに石を投げつけ、死んでしまった」「何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込んだ」「足に木の足枷をはめておいた」「暴動を起こし」「家を襲い」「あざ笑い」「法廷の前で殴りつけ」「パウロを殺そうとしていた」 こういうことが、「宣教する実存」として生きる者たちを、待ち受けているのであります。

それらを知っているゆえに、マルコは、逃げ出したのです。そうして、主イエスキリストは、そこへ、そういうことの中へ、「宣教する実存」として生きることの真ん中へ、戻って行くようにと、再びマルコをお呼びになっているのです。だれが、恐れおののかずにおられましょうか! しかも、この恐れおののきの中に、決断することが、わたしたちに、求められているのです。

この「決断」を迫られる者は、すべてみな、恐れおののきます。マルコは、恐れおののきました。マルコはまた、その同じ恐れおののきのうちに決断することを、福音書の読者すべてに、迫ろうとしているのです。

この「決断」が、今日、わたしたち、マルコの福音書を読むひとりひとりに、求められている決断であります。

わたしたちは、この恐れおののきのうちに、いかなる決断をするのでしょうか? わたしたちの二度目のガリラヤにおいて、わたしたちは、いかなる決断をするのでしょうか?

この二度目のガリラヤにおいて、「はい、主よ、わたしをお遣わしください」という決断をする者たちには、次のような結論が、待っております。すなわち、マルコ自身が書いたのではないが、マルコの精神の要約として最も適切なるものとして、マルコではない誰かが福音書の末尾に付けた、あのもうひとつの「結び」であります。「その後、イエス御自身も、東から西まで、彼ら(すなわち「宣教する実存」としての彼ら)を通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン」

実に主イエスキリストは、「宣教する実存」として生きる決断をした者たちの中で、その者たちを通して、その者たちの内に、その者たちと共に、生きて、働きたもうのであります。「宣教する実存」として生きる者たちを通して、主イエスご自身が、宣教のみわざを行いたもうのです。

その時、世界の中心は、もやは、エルサレムには、ありません。世界の中心は、アンテオケにも、ありません。世界の中心は、ローマにも、ありません。世界の中心は、「宣教する実存」として生きる者たちのうちに生きたもう、主イエスキリストご自身に、あるのです。

わたしたちの二度目のガリラヤにおいて、主イエスキリストは、わたしたちを待っておられます。主イエスキリストは、わたしたちをお呼びになります。当然のことながら、わたしたちは、マルコと共に恐れおののくのです。わたしたちは、どのような決断をするのでしょうか? 祈りましょう。


祈り

わたしたちの主イエスキリストの父なる神。あなたは、宣教という愚かさを通して、人間を救うこととされました。実に、神の愚かさは、人間の知恵に優っております。
主イエスキリスト。あなたは「宣教する実存」として、生きられました。「宣教する実存」として、死なれました。「宣教する実存」として、復活なさいました。そのあなたが、わたしたちをお召しになります。「あなたも、宣教する実存として、生きなさい」と、わたしたちをお召しになります。
わたしたちは今日、わたしたちの二度目のガリラヤに戻って来ております。わたしたちの召命の原点に、帰って来ております。今日、あなたの召しに対するわたしたちの決断を、恐れおののきのうちに、なすことができますように。「宣教する実存」として生きる者に、何が待っているのか。わたしたちはみな、それぞれが、つぶさに経験してまいりました。それゆえに、わたしたちは恐れおののきます。
この恐れおののきのうちに、どうかわたしたちが、「はい」と応答することができますように。「主よ、ここにわたしがおります。わたしをお遣わしください」という祈りをすることができますように。
そのように決断した結果、主イエスご自身が、東から西まで、わたしたち、すなわち「宣教する実存」として生きるわたしたちを通して、主ご自身が、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広めたもうということを、身をもって経験させてください。
主イエスキリストの御名によってお祈りいたします。アーメン



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2009年6月25日

ソウル地検、脱会者証言の真実相当性と「公共の利益」を認める

韓国最新報道をお伝えします。
『ニュースエンジョイ』2009年6月24日報道

<以下翻訳転載>

「張在亨を再臨主と信じた」イ氏、無嫌疑に

ソウル中央地検、張在亨側からの告訴を無嫌疑に
「虚偽事実、見あたらず」


ソウル中央地方検察庁は、「張在亨牧師をキリストと信じて従った」と記者会見で告白したイ・ドンジュン氏を、6月16日に不起訴とした(事件番号2009刑第25547号)。張在亨牧師のアンテオケ教会に属するキム某氏は、イ・ドンジュン氏が記者会見で主張した内容と、キリスト教インターネット新聞『ニュースパワー』に投稿した内容が、いずれも名誉毀損に当たるとして、12項目を挙げて告訴していた。ソウル中央地検は、張在亨牧師のアンテオケ教会が提起した告訴の12項目について、一項目も名誉毀損罪を適用せず、無嫌疑とした。

告訴人によれば、被疑者イ・ドンジュン氏は、アンテオケ教会の副牧師や韓国『クリスチャントゥデイ』広告局長といった虚偽の履歴を掲げて、張在亨牧師のアンテオケ教会を異端と誤解させる主張をした、とされる。ソウル中央地検は、参考人が「被疑者はアンテオケ教会で礼拝を導いており、アンテオケ教会の週報に被疑者の肩書が副牧師と記載されていた」と述べたとして、「告訴人の名誉を傷つける虚偽の事実は見られなかった」と明らかにした。

△張在亨牧師側のキム某幹事から「イエス・キリストは雲に乗って来られるのでなく、身体で来ている方だ」と教わった。△キム某幹事の前で「張在亨牧師は再臨のキリストだ」と告白した。△キム某幹事から「禁断の実は、性的な堕落だ」と教わった。△口では「イエス様の御名で祈ります」と言いながら、頭では張在亨牧師を思いながら祈った。△統一教会の『原理講論』を読んでみたが、張在亨牧師が説いた「永遠の福音」と相当な部分が一致した、等々のイ・ドンジュン氏の主張は虚偽事実である、とする告訴人の主張に対して、ソウル中央地検は、いずれも名誉毀損罪が成立しないと判断した。

検察「被疑者の行動は『公共の利益』に関するもの」と認める

その理由について検察は、△参考人が「張在亨牧師を再臨主として受け入れた」と述べて、被疑者の記者会見の内容と相当の部分が一致した。△被疑者の記者会見以前から「張在亨再臨主疑惑事件」の異端論議があったことが確認された。△被疑者の行動は「公共の利益」に関するものと認められる。△被疑者の主張は、価値判断や評価を内容とする表現行為であって、罪にはならない、と説明した。

このほかにも、イ・ドンジュン氏が「私はこの団体で牧師として仕事しながら、だれにも一度も洗礼を授けなかったし、他の人が洗礼を受けるのも見なかった」「成婚式は正統な結婚式と少しも違わないものとして、秘密裏に行われる儀式である」と主張した部分が虚偽事実である、との告訴人の主張に対し、検察はいずれも「虚偽事実と見るのは難しい」「被疑者の経験に照らして、そう信じるに足る相当な理由があり、それに基づいた表現行為であって、虚偽事実とはみとめられない」と明らかにした。

イ・ドンジュン氏(32才)は去る6月12日に香港独立調査団の麥裕沛博士の記者会見に出席し、「さらに多くの人が悲劇的な人生から抜け出して、傷を洗って抱きしめてくださる神様に帰ってくることを願う」と話した。(画像版権:ニュースエンジョイ)

検察は、イ・ドンジュン氏が記者会見後に『ニュースパワー』に投稿した書き込みについても無嫌疑とした。イ・ドンジュン氏は「張在亨は明らかに再臨主の役割をしており、その団体の幹事らは彼を再臨主と教えている」「イエスを救い主と信じるのか? ちがう。彼らは、対外的にこういう内容(張在亨牧師が再臨主と教える内容)が流出すれば、ふたたび歴史が中断されることになる、と信じているから、対外的にはイエス様を救い主と認めているのだ」と重ねて投稿していた。

検察はこれに対しても、「告訴人の教理を批判してその名誉を毀損する内容が含まれていたとしても、被疑者の価値判断や評価を内容とした宗教的批判であって、偽りのない表現行為だ」「被疑者が告訴人の教会での経験に基づいて、真実だと信じた事実を、情報通信網を通して掲示したものであって、偽りの事実を示したものとはみとめられない」と判断した。

検察は、イ・ドンジュン氏以外にも「張在亨牧師が再臨主疑惑を受けている」と報道した『ニュースエンジョイ』を、2008年11月26日に無嫌疑としている。一方、検察は、張在亨牧師に関する報道をした『荒野の声新聞』に対して、同年同月に「虚偽事実の流布による名誉毀損嫌疑」で罰金300万ウォンの略式起訴を行なった。正式な裁判に移行したこの事件は、来る7月9日に判決を予定している。

再臨主疑惑を受けている張在亨牧師は、統一教会前歴がある要人として、韓国『クリスチャントゥデイ』や韓国イエス青年会などを設立した。張在亨牧師は韓国基督教総連合会(オ・シンヒョン代表会長)が最近加盟した世界福音同盟(WEA)の北米協議会理事でもある。


<以上翻訳転載>

関連項目

「韓国脱会者記者会見」
「韓国脱会者証言全文」
「韓国脱会者インタビュー」
「基督日報・イエス青年会・張在亨の関係についての神学的検討」

2009年6月21日

マタイ5:21-26「彼の信仰、私の信仰」



聖書 マタイ5:21-26
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彼の信仰、私の信仰

聖句 マタイ5:21-26

「あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる。だから、あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい。あなたを訴える人と一緒に道を行く場合、途中で早く和解しなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官に引き渡し、裁判官は下役に引き渡し、あなたは牢に投げ込まれるにちがいない。はっきり言っておく。最後の一クァドランスを返すまで、決してそこから出ることはできない」

わたしはだれも殺したことがない。だから、わたしには罪がない。わたしたちはそう言うことができるでしょうか?

たといだれかを殺したことがないとしても、もし、心の中でだれかに腹を立てるならば、それは、殺したのと同じことだ。主イエスキリストは、この御言葉で、そういうことを言おうとしておられるのです。

いったい、ユダヤ教のおきてにおいては、ひとが誰かを殺した場合には、最高法院に引き渡され、裁きを受けなければなりません。それが、故意ではなく過失によって殺してしまった場合には、損害賠償金を負わせられて、最後の1円を払うまでは、牢の中から出ることは出来ませんでした。

一方、過失ではなく、故意によって殺してしまった場合には、この地上において裁きを受けるというだけでは済みません。死んだ後なお、火の地獄に投げ込まれるという、さらなる裁きを受けなければならなかったのです。

ひとが、ひとを、殺したのであるならば、最高法院に引き渡されるとか、牢に入れられるとか、損害賠償金を負わされるとか、火の地獄に投げ込まれるとかいうことは、当然であって、わたしたちは納得が行くでありましょう。

しかし、主イエスキリストは、こう言われるのです。ひとが、ひとに、腹を立てるならば、最高法院に引き渡され、牢に入れられ、損害賠償金を負わされ、火の地獄に投げ込まれる。腹を立てただけで?

この主イエスキリストの言葉を聞くとき、わたしたちは、自分に何も問題がない、と感じることは、もう、できないでしょう。むしろ、心の中で、こう叫ばずにはおれないでしょう。「ああ、主よ。だとしたら、わたしは、どうしたらいいのでしょう? わたしはいつもだれかに腹を立てていますのに?」

このようにして、何も問題がない、大丈夫だ、と思い込んでいたわたしたちは、主イエスキリストの御言葉によって、揺さぶられ、ほんとうの自分を暴かれ、自分の問題の本質に直面させられることになるのです。

ここで問題となっているのは、わたしたちが「兄弟たち」に対して、つまり、信仰の仲間に対して、腹を立てることがある、ということです。主イエスキリストは、まさに、この点を問題として、指摘しておられるのです。

わたしたちは、神を礼拝するために教会に集うものでありますけれども、わたしたちが自分の経験に正直に向き会うとするならば、わたしたちは、教会において、ただ神を礼拝するというだけでなく、確かに、信仰の仲間たちに対して、腹を立てる、ということがあるのです。

わたしたちは、教会において、信仰の仲間に対して、どのように腹を立てるのでありましょう?

それは、主イエスキリストが第一に指摘されたように、信仰の仲間に対して「ばか者」と言うことによって、であります。この「ばか者」とは、聖書の原語においては、「知識の欠如」ということを、表わしております。

わたしたち教会に集う者は、教会的常識というものを共有しているでありましょう。この教会的常識というのは、社会的常識、信仰的常識、習慣や伝統や暗黙の決まりごと、といったものが、渾然一体となって形成されているものであります。

ここに、ひとりの信仰の仲間、すなわち「兄弟」がいて、この兄弟が、教会的常識に反することを言ったりやったりした場合、わたしたちは心の中で「ばか者」と思うことがありますし、また、口に出しては言わなくとも、態度によって「ばか者」と示すことがありますし、あるいは、本人がいないところで、あれは「ばか者」だ、と陰口をたたくことがありますし、さらには、本人に面と向って、あなたは「ばか者」だ、と言うこともあるでありましょう。すなわち、「あなたは当然知っているべきはずの知識が欠如しているね。それゆえに、わたしはあなたに対して、腹を立てているのだよ」ということです。

主イエスキリストが第二に指摘されたのは、信仰の仲間に対して「愚か者」と言うことによって、わたしたちは腹を立てる、ということであります。この「愚か者」とは、聖書の原語においては、「人格の欠陥」ということを表わしております。

わたしたち教会に集う者は、教会的品性というものを共有しているでありましょう。この教会的品性というのは、敬虔なクリスチャンに期待されるところの柔和さ、穏やかさ、謙遜さ、誠実さ、真面目さ、といったものが、渾然一体となって形成されているものであります。

ここに、ひとりの信仰の仲間、すなわち「兄弟」がいて、この兄弟が、教会的品性に反することを言ったりやったりした場合、わたしたちは心の中で「愚か者」と思うことがありますし、また、口に出しては言わなくとも、態度によって「愚か者」と示すことがありますし、あるいは、本人がいないところで、あれは「愚か者」だ、と陰口をたたくことがありますし、さらには、本人に面と向って、あなたは「愚か者」だ、と言うこともあるでありましょう。すなわち、「あなたはクリスチャンとして当然身に付けているはずの品性が欠如しているね。それゆえに、わたしはあなたに対して、腹を立てているのだよ」ということです。

いったい、このように腹を立てるわたしたちというものを、本気で主イエスキリストは、問題にしておられるのだろうか? これは、何かの勘違いではないのだろうか? 本来そういう意図はなかったのに、何かの間違いで、ここに、わたしたちが今日読んでいる聖書に、このような言葉が紛れ込んでしまったのだろうか? だから、わたしたちは、主イエスキリストの御言葉を半分くらいに割り引いて考えたらよいのだろうか?

しかし、どうやら主イエスキリストは、本気でこのことを問題にしようとしておられるようなのです。わたしたちが、教会において、同じ信仰の仲間に対して、腹を立てることがある、ということを。常識の欠如のゆえに、腹を立てたり、人格の欠陥のゆえに、腹を立てたり、ということを。この、わたしたちが、やめようにもやめられない、腹を立てる、ということを、主イエスキリストは、本気で問題だと思っていらっしゃるようなのです。

わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか?

主イエスキリストは、互いに赦し合いなさい、裁いてはならない、ということを、おっしゃいました。この方向に向かって、この線に沿って、わたしたちは進んで行くほか、ないでありましょう。そうするようにと、主イエスキリストがわたしたちに期待しておられることは、明白であります。

さらに、パウロは、より明瞭な光を、わたしたちに投げかけています。教会において、信仰の仲間同士が、お互いにお互いを、どのように遇するべきかということを、パウロはローマの信徒への手紙で、このように述べています。

ローマの信徒への手紙第12章3節から5節をお読みいたします。新約聖書の291ページになります。

「わたしに与えられた恵みによって、あなたがた一人一人に言います。自分を過大に評価してはなりません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の度合いに応じて慎み深く評価すべきです。というのは、わたしたちの一つの体は多くの部分から成り立っていても、すべての部分が同じ働きをしていないように、わたしたちも数は多いが、キリストに結ばれて一つの体を形づくっており、各自は互いに部分なのです」

ここに、わたしたちは、お互いが、お互いに、部分をなしている、と言われているのを見ます。

わたしが、一人で聖書を読み、一人でお祈りをし、一人で神と交わり、一人で信仰を持ち、一人で完全な信仰を得るならば、それでいいのだろうか?

パウロによれば、そういうことは、あり得ないのです。わたしたちは、信仰の仲間と共に聖書を読み、信仰の仲間と共にお祈りをし、信仰の仲間と共に神と交わり、信仰の仲間と共に信仰を育み、そうしてはじめて、信仰の仲間と共に完全な信仰へと進むことができるのです。

わたしたちが、自分一人で何でも出来ると思っているとしたら、それはちょうど、切り落とされた耳が、耳だけでもって70年も80年も生きることができる、と主張しているようなものです。

それゆえに、「彼の信仰は、私の信仰を補い、私の信仰は、彼の信仰を補う」ということを、わたしたちは真剣に考えなければならないのです。

わたしたちは、いったい、彼の信仰を、私の信仰をもって、どのように補うことができるのでしょうか?

わたしたちは、りんごの苗を植えて、五分後にそこから実を得ることができる、などとは思わないでしょう。りんごの苗を育てるためには、わたしたちは何年でも忍耐することができるのです。だが、りんごだけに、そうするのだろうか?

わたしたちは、信仰の仲間に対しても、同じように忍耐するべきではないだろうか?

パウロはローマの信徒への手紙で、さらに続けて、このように述べています。ローマの信徒への手紙第12章9節から18節をお読みいたします。新約聖書の292ページになります。

「愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れず、兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。怠らず励み、霊に燃えて、主に仕えなさい。希望を持って喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。聖なる者たちの貧しさを自分のものとして彼らを助け、旅人をもてなすよう努めなさい。あなたがたを迫害する者のために祝福を祈りなさい。祝福を祈るのであって、呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。互いに思いを一つにし、高ぶらず、身分の低い人々と交わりなさい。自分を賢い者とうぬぼれてはなりません。だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人の前で善を行なうように心がけなさい。できれば、せめてあなたがたは、すべての人と平和に暮らしなさい」

このパウロが示した標準。主イエスキリストがわたしたちに期待しておられるところの標準。この「天国の標準」は、何と高いものでありましょうか。わたしたちは、富士山を登るのでさえ、息切れがして苦しい思いをするのですが、いったい、この天を突き抜けるようにも思える高い標準に、わたしたちは、達することができるのだろうか? わたしたちは、苦しさをおぼえます。

このようにして、やはり最終的問題は、わたしたち自身の中にある、この自分というもの、自我というものに、つきつめられて行くことになります。「天国の標準」に到底達し得ない、この自分というもの。信仰の仲間に対して、腹を立てずにはいられない、この自分というもの。わたしたちは、この自分というものを、自分で持て余しているのです。これが、わたしたちが経験する信仰的な危機です。

そうして、わたしたちは、ただ信仰によってのみ、この危機を突き破って行くのでなければなりません。この、信仰による突き破りについて、パウロは次のように述べています。ガラテヤの信徒への手紙第2章19節と20節の言葉です。

「わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」

主イエスキリストは、腹を立てるわたしたち、というものを、本気で問題にしておられます。そうすることによって、主は、わたしたちを追い立てておられるのです。主は、どこへ、わたしたちを追い立てて行こうとしておられるのでしょうか? 主は、最終的な地点にまで、わたしたちを追い立てて行こうとしておられるのです。すなわち、ここ、です。

「わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」

わたしたちは「ここ」へ、この地点へ、今日、来ているでしょうか? ほんとうに信じることができさえすれば、すなわち「わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」ということを、ほんとうに信じることができさえすれば、わたしたちは、大いなる自由と解放を身に味わうでありましょう。腹を立てる自分が、そこには、もういなくなっているからです。

祈りましょう。


祈り

「わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」
この信仰的な境地を、わたしたちは、今日、この身に味わいたいと願っております。主よ、信仰を、わたしたちに、お与えください。
兄弟に対して、腹を立てる自分がおります。信仰の仲間の「知識の欠如」や「人格的な欠陥」のゆえに、腹を立てる自分がおります。
そうして、わたしは自分一人でやって行けると思う、自惚れている自分がおります。このような自分について、わたしは、なすすべがありません。
主イエスキリスト。どうか、このような古い自分が、キリストと共に十字架につけられ、いま生きているのは、もはやわたしではなく、キリストが新しいわたしを生きていたもうということを、信じることができるように。どうか信仰をお授けください。
主イエスキリストの御名によって、お祈りいたします。
アーメン



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2009年6月17日

香港独立調査団・麥裕沛博士が訪韓し記者会見

韓国最新報道をお伝えします。
『ニュースエンジョイ』2009年6月14日報道

<以下翻訳転載>

「張在亨共同体を徹底的に調査してほしい」

香港独立調査団・麥裕沛博士が訪韓し記者会見
イエス青年会とクリスチャントゥデイが数十人動員して妨害


▲香港基督日報事件独立調査団(招集人・柯廣輝弁護士)の中心人物の一人である麥裕沛(ルドルフ・マク)博士が6月12日に記者会見を開き、韓国の教会に対して、張在亨関連団体を徹底的に検証するよう求めた。(画像版権:ニュースエンジョイ)

香港基督日報事件独立調査団(招集人・柯廣輝弁護士)の中心人物の一人である麥裕沛(ルドルフ・マク)博士が6月12日に記者会見を開き、韓国の教会に対して、張在亨関連団体を徹底的に検証するよう求めた。香港独立調査団は昨年4月に「張在亨再臨主疑惑」を提起する調査報告書を発表し、張在亨牧師が設立したイエス青年会と『基督日報』『クリスチャントゥデイ』の危険性を指摘していた。

麥裕沛博士は、香港独立調査団が張在亨共同体を調査することになった経緯と内容を簡単に説明し、「広範な地域で証拠を収集した。多くの中国の教会が張在亨共同体の実態を知ってかかわっている」と述べた。また「昨年、ロサンゼルスとサンフランシスコの韓国人教会が調査を行ったと聞いている。証拠の確保が有利な韓国本土から徹底的に調査してほしい」と促した。


韓国の証言者2名が出席。「『牧師が再臨のイエスだ』と確かに聞いた」

韓国で張在亨牧師の共同体から脱会した2人が記者会見に同席した。昨年記者会見を開き、「張在亨牧師を再臨主と信じていた」と告白したイ・ドンジュン氏(32歳)は、「あの人たちは、巧妙に多くの人々を抱き込んでいたが、嘘が明らかにされていないだけだった。しかし、神が導かれることによって、あらわになるようだ。さらに多くの人が悲劇的な人生から抜け出して、傷を洗って抱きしめてくださる神のもとに帰って来ることを願う」と話した。

今年3月に『ニュースエンジョイ』で「張在亨牧師の共同体から脱会する」という文章を公表したホン・ジュンソク氏(28歳)も、「張在亨牧師の核心の側近から『牧師が再臨のイエスだ』という言葉を確かに聞いた。神が裁いてくださることを信じる」と語った。

このほか、香港独立調査団招集人・柯廣輝弁護士の秘書のジェイソン・チャン氏が記者会見に同席した。麥裕沛博士は6月5日から12日まで長老神学大学(ジャン・ヨンイル総長代理)で開催された第三回ローザンヌ会議準備のための国際指導者会議準備委員の資格で訪韓しており、その帰国前に記者会見を開いた。


▲今年3月に『ニュースエンジョイ』で「張在亨牧師の共同体から脱会する」と題する文章を公表したホン・ジュンソク氏(28歳)が記者会見に同席し、「張在亨牧師の核心の側近から『牧師が再臨のイエスだ』という言葉を確かに聞いた」と語った。(画像版権:ニュースエンジョイ)

イエス青年会とクリスチャントゥデイが大挙出動、記者会見を妨害

一方、張在亨牧師が設立した韓国のイエス青年会(キム・デキ代表)所属の会員数十人と『クリスチャントゥデイ』(リン・セイス発行人)の社員の多くが、記者会見の会場に予定されていた軍人伝道協会連合会館の研修室を事前に占拠して、記者会見を妨害した。麥裕沛博士の一行は、妨害を避け、記者会見の場所を南揚州の「光と塩教会」(崔三更牧師)に移したが、イエス青年会とクリスチャントゥデイ関係者も「光と塩教会」まで集まって来た。記者会見は警察の協力の中で、定刻より遅れて開催された。

イエス青年会は、「分派主義者・麥裕沛と異端捏造者・崔三更牧師は懺悔し謝罪せよ」と記した文書を配布し、「麥裕沛は中国教会の分裂を助長する人物であり、独立調査団のイエス青年会に対する陰湿な攻撃は根拠のない事故だ」と主張した。また「三神論者の崔三更牧師は異端問題を論じる資格がない」と述べ、謝罪を要求した。

麥裕沛博士は「昨年、香港でもひとつの団体が、イエス青年会の異端性を告発する記者会見を開催した際に、数十人が記者会見場を訪れて、進行を妨害した」と語った。

韓国教界による張在亨共同体の調査進行状況は?

昨年11月末に張在亨牧師に対する調査委員会の設立を決定した韓国基督教総連合会(ユン・シンヒョン代表会長)異端カルト対策委員会は、まだ調査を実施していない状態だ。異端カルト対策委員長の資格問題をめぐる議論がまだ解決されていないからだ。韓国基督教総連合会理事会は、資格問題の議論に応じて委員長の座から退いたホ・シク牧師について再調査を実施することを決定した。このため、今年中に韓国基督教総連合会が張在亨牧師に対する調査を行うことは困難な見通しとなっている。

一方、大韓イエス教長老会統合(キム・サンファン総会長)異端カルト対策委員会(チョウ・ヨンファン委員長)と、大韓イエス教長老会合神(イ・センウン総会長)異端カルト対策委員会(ジョ・ビョンス委員長)は、張在亨牧師に対する調査を進めている。調査結果は、各教団の総会が開催される9月の終わりに出る予定。


▲張在亨牧師が設立した韓国のイエス青年会(キム・デキ代表)所属の会員数十人と、『クリスチャントゥデイ』(リン・セイス出版人)社員の多くが、記者会見の会場に予定されていた軍人伝道協会連合会館の研修室を事前に占拠して、記者会見を妨害した。(画像版権:ニュースエンジョイ)


▲張在亨牧師が設立した韓国のイエス青年会所属の会員数十人と、『クリスチャントゥデイ』社員の多くは、南揚州の「光と塩教会」(崔三更牧師)まで集まって来た。(画像版権:ニュースエンジョイ)


▲昨年記者会見を開き、「張在亨牧師を再臨主と信じていた」と告白したイ・ドンジュン氏(32歳)は「さらに多くの人が悲劇的な人生から抜け出して、傷を洗って抱きしめてくださる神のもとに帰って来ることを願う」と話した。(画像版権:ニュースエンジョイ)

<以上翻訳転載>

関連ニュース

「独立調査団、調査続行を布告」
「華人教界最重鎮・王永信牧師の一問一答」
「北米最新報道」

2009年6月7日

使徒2:36-42「初代教会の誕生」



聖書 使徒2:36-42
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