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聖書解題11

創世記1:26

「神は言われた。『我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう』」

神は、ここで、ご自身を指して「我々」と言われます。ここに、独一の神において三つの位格が存する、という「三位一体」の信仰の最古式が示されます。

御父と御子と聖霊の交わりの中で、人が造られることが思い描かれ、実現されました。

父なる神は、御子イエスキリストをご覧になりながら、愛に満ちた思いで「わたしはおまえを喜ぶ。それゆえ、おまえに似た者たちを、わたしは造ろう。それが人である」とおっしゃられたに違いありません。そのとき、御父のうちに満ちていた愛、また、御子のうちに満ちていた愛が、聖霊にほかなりません。こうして人間は、三位一体の愛のうちに、三位一体の愛によって創造され、御子に似た者に完成されて、三位一体の愛に参与するよう、召されているのです。

御子に似せて造られた人間に、三位一体の神は、もろもろの生き物を治めることを、お委ねになりました。

この務めを委ねられたわたしたちは、おのれが、ほんとうに御子に似た者となり得たとき、はじめて、もろもろの生き物をまっとうに治めることができるでありましょう。

それは「幼子である王」また「幼子である女王」として、わたしたちが生き、考え、語り、ふるまい、働き、歩むことによるのです。

しかし、アダムの堕罪ゆえに、わたしたちは、いかにせば「幼子である王」「幼子である女王」として在り得るかを、まったく忘却してしまいました。

いまやわたしたちは、もろもろの生き物を治めるとは、ブルドーザー、麻酔銃、枯れ葉剤、遺伝子操作、巨大水門によらなければならない、としか、考えつかないのです。

「幼子である王」「幼子である女王」が支配するもろもろの生き物たちの姿を、預言者イザヤはこう歌っています。

「狼は小羊と共に宿り
豹は子山羊と共に伏す。
子牛は若獅子と共に育ち
小さい子どもがそれらを導く。
牛も熊も共に草をはみ
その子らは共に伏し
獅子も牛もひとしく干し草を食らう。
乳飲み子は毒蛇の穴に戯れ
幼子は蝮の巣に手を入れる。
わたしの聖なる山においては
何者も害を加えず、滅ぼすこともない。
水が海を覆っているように
大地は主を知る知識で満たされる」

王となり女王となろうとして、もっと力を、もっと大きな力を、と欲してや…

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